ワイオ時事評論 No.14 魂の嘆き

魂とは何か?「大和魂」「武士の魂」「魂を込めろ」「三つ子の魂」など、言葉としては知っていて、とても大切な存在のような気がする、というのが一般的で、誰もがよく分かっていない存在だと思う。辞典には、動物の肉体に宿って、心の働きを司るものとある。

 

ワイオ科学理論として、魂を解析させて頂く。魂とは、繰り返す輪廻の中での、肉体を持った地上での体験、学びの全てを記録している、記録の集合体である。そして、顕在意識の自分にとっての本体であり、現段階での人間にとっての、潜在意識である。

 

繰り返すが、魂が本当の自分なのだ。しかし、残念ながら、まだその本当の自分が、地球上の誰も、100%表現できていないのである。天才と言われている方々も同じである。

 

記録しての魂は、いかなることがあっても、襾(ア)の厚いカバーに守られて、決して消滅することはないのだ。動物も、神仏も、本体は魂である。魂はなぜ、記録として消滅することなく存在しているのか?この事がもっとも、現世を生きる我々人間にとって、大事なこと、大切なことなのである。

 

人生の根本原理を追求する学問として、哲学があるが、人間として、いかに生きるべきかの根本原理となる、人生の原因と結果の、因果の法則の、因となるものこそ、魂、魂の記録である。人生の設計書、設計図なのだ。これが、多くの哲学者が追求してきた答えの基本としてある。

 

記録には、プラス(幸)の記録と、マイナス(不幸)の記録がある。一時騒がれた、遺伝子医学のDNAは、その記録(元帳)のコピーとして存在している。したがって、どれだけコピーを修正しても、元帳の記録が修正されない限り、消しても消しても、元なる記録が表に出てきてしまうのである。

 

さて、問題は、自分にとっての人生の設計書、設計図にある、マイナスの記録を消すことができるか?そして、自分の人生の幸匐の記録として、何が書き込まれているのか?さらに、そのプラスの記録を、どうしたら表現できるか?である。

 

先ほども述べたが、自分の記録なのに、なぜ、プラスの記録を、思うがままに表現できなかったのか?ここが肝心要である。その理由としては、一、まだ子供の段階なので、表現能力がなかった。二、今までの宇宙の法則とエネルギーの働きによる世の中の仕組みや価値観が、自由に表現することを許さなかった、からである。

 

そして、ようやく、皇の時代、真の精心文明の時代を迎えて、大人に成長した人類は、幸の為の記録を、自由に表現することができ、マイナスの記録を消すことができる時が、段階が、来たのである。そのために、ワイオ理論が登場し、龠幸札(ヤッコーフダ)と、ワイオ器械の力を使って、マイナスの記録を消し、プラスの記録を引き出し、再び、マイナスの記録を書きこまない生き方を教えているのである。

 

今を生きるワイオを知った人間が、神仏と、酲委さんと力を合わせ、このワイオの目的を、広く世に知らせていかなければ、地上天国創造は、少なくとも、五十年は遅れてしまうのである。

 

この移行期、ワイオ理論と関わっていく記録のある魂ほど、その記録の存在を、自身の顕在意識に、しっかりと受けとめてもらいたいと、強く願っているのである。ワイオの記録がなくても、高い神心を持った魂たちは、ワイオの登場目的をよく知っていて、同じく、顕在がワイオと深く結び付くことを望んでいる。

 

このような、本来高い意識を持った魂たちが、その思いを受けとめてもらえずに、どれほど嘆き悲しんでいるか…自分の魂の切なる思いを、言葉で聞き、対話して頂きたいと、切に思う。それが、本当の幸匐への第一歩であるから。