屈辱の日本国憲法。以前、この憲法さんの思いを紹介した。要約すると「日本の方々が国を愛し、国民のためにと吟味され、改正していくことを願っている」この憲法さんの辛い思いが、今もって無視され、中途半端な改正案を進めようとしている。自民党の立党精神はどこへ行ってしまったのか?
すべての存在の根源となる全宇宙を生み出し、存在させている法則。その法則に基づいて、2500年ごとに変わるルール。そして、ルールの変化に基づいて結果を出す働きのエネルギー。とにもかくにもそのルールが、祖から皇に変われば、今までのルールとエネルギーの働きによって存在している結果のすべてが変化の影響を受けるであろうことは、誰もが納得できることでしょう。したがって、憲法も当然の事、変化の流れの中で自然に変化しなければならないことになるのです。
憲法は、権力を縛る役割があるとよく言われているが、ルールの変化は、その権力さえも縛る存在ではなくしてしまいます。では憲法は、いかなる目的、必要があって、これからも存在するのか?
その前に、日本国は法治国として、日本国憲法、民法、商法、民事訴訟法、刑法、刑事訴訟法の六つの法律によって、世の中の秩序を保ち、安定させ、混乱を防ぎ、全体の和が保たれている。しかし、六法の一番元になる憲法は、国としての存在目的が明示されることによって、愛国心を育て、国民の国家に対する意識を高め、自己の人生を思考する規範となる内容でなければならないと思う。その内容において申しあげれば、宇宙が誕生しておよそ77京年、当然のこと、明確な意志の基に宇宙は創造され、存在しているのであります。そして、宇宙創造の目的達成のために、不変の法則と、2500年ごとのルールの変化、その変化に基づいてのエネルギーの働きが、すべての物事の根源の原因となっております。そして、驚くべきことに、この不変の法則の一部を、この度、変えるための実験が、この地球に委託されたのです。真に信じがたいことではありますが、地球は宇宙の実験星として、特殊な存在なのです。そして、さらに日本民族(日本国)は、この実験、いわば新しい宇宙創造の実験のリーダーとしての役割を与えられました。したがいまして、世界に先駆けてワイオ理論が小笠原慎吾師の手によって、日本にまず出された(下ろされた)のであります。
このような奇想天外な話が真実か否かは、ワイオ理論が証明されれば納得されることでしょう。証明は、予告した内容で天変地異が発生したか?今の学問で得られない結果がワイオの力によって得られたのか?ですね。ということで、新しい日本国憲法は、ワイオ理論が証明されてから、新しい皇の時代を生きる国民が日本民族の使命を意識して、新たに一からつくられることになります。
ちなみに他の五つの法のうち、少なくとも民事訴訟法、刑法、刑事訴訟法の三つの法は、皇の時代は必要なくなります。これまた理解できない話であるでしょうが、ルールの変化は、想像をはるかに超えた平和で幸せに満ちた時代になる世の中が創造されていくという事です。ここまで読まれたら、もう、新しい時代創造の指針となるワイオ理論を学ぶしかないと思いませんか?