今年もお盆の先祖供養の時が来た。日本全国で先祖供養を兼ねた里帰りの大移動が起こる。おそらく、世界の中で、日本民族ほど先祖に対するお陰さまの気持ちを供養として行う民族はいないと思う。先祖供養は、仏教行事と思われるであろうが、儒教の教えが大きく取り入れられている。この供養を原因の世界から見ると、極めて重要な行事ではある。しかし、現状は儀式化しており、本来の供養の目的は達成されていない。そして、供養の目的と言っても、何が目的かをよく知って行なっているのでもない。それぞれの宗派の僧侶が、昔から代々受け継いだ形式で先祖をお墓に迎えに行き、先祖の好きな飲食物を供えて、身近な思い出のある方に思いを寄せるのである。
しかし、あの世の住人となった大切な血縁の方々は、仏教で教えるところの地獄へ行ったのか?極楽へ行ったのか?僧侶は教えてくれない。地獄へ行ったのであれば、この供養で極楽へ行けるのか?も僧侶に訊くこともない。たとえ僧侶に訊いても、知っていて、正しく答えてくれるとも思えないからであろう。
ワイオ理論で究明したあの世とは「故介」と呼ばれ、地獄の領域36カ所、極楽の領域45カ所あり、生前の行いによって、閻魔大王が、あの世のどの場所の住人になるかを決めておられるのは事実である。そして、自分の大切なあの世に旅立たれた人がどこに住んでいるかは、閻魔大王にお尋ねすれば、すぐに教えてくれる。ここで大事なことは、もしも大切な血縁の方々が本当に地獄の領域で辛い日々を過ごしているのであれば、しっかり供養することによって、何としても極楽へ行ってほしいと思うのが人間らしい心の思いではないだろうか。
あの世の住人となった方々は、およそ70%が地獄の領域で、30%が極楽の領域におられる。したがって、供養によって辛い日々を送っている地獄の方々に対し慰めること、極楽にいる方々からは様々なお陰さまを頂いているので、感謝と、さらなるお陰さまを頂くことが供養の目的であるが、ここで問題なのは、地獄の領域の方々からは、その苦しみ、辛さを解かってもらおうと、現世の人間に同じ苦しみを味わうような影響が来るのである。そして、現状は祖のルールが働いているがゆえに、どれだけ立派なお墓を建てたとしても、大金を払って戒名をつけても、どれだけ盛大な葬式、供養を行っても、地獄の領域から極楽へ行くことはできないのである。いかなる高僧が心を込めて御経をあげても、祖の時代が終わろうとしているこの段階においては、その御経の力もお題目も、あの世の住人の心をしずめ、穏やかにする力はもうないのです。さらに、お盆の供養と言っても、遺族の都合によって13日~16日以外の日に行なっても、あの世の方々は法要に参加することはできません。
宇宙のルールの変化によって、地球人類は2500年の子供の時代を終えて、大人の時代に入ろうとしておりますが、精神的に大人に成長した人間は少なく、世の中にどれほど苦しんでいる人がいても、およそ他人事、対岸の火事なのです。たとえば、拉致被害者のこと、反日日本人による日本民族を貶める連日の行為のこと、中国によるウイグル族やチベット国に対する虐殺のことなど、世の中にはたくさんありますね。これらの大問題に対する成人した大人としての取るべき行動は、ほとんどの大人ができていないのが現実です。こうして貴重な先祖供養のワイオ情報が活かされないのが、今の日本人の実態なのです。
最後に読者の方々に申し上げます。この先祖供養の情報をまだ知らずにいる方々にお伝え下さい。龠幸札に乗って、一瞬で苦しみから楽になられて喜ばれる先祖の声を聴いて頂きたい。お札も先祖の声を聴く費用も決して高額ではないこと、一回の先祖供養で平均お札8~10枚で100人もの先祖の方々がお札に乗られて地獄から極楽へ行けること、今、極楽にいる方も、より高いレベルの極楽に行けること、そして、お札の供養は一度でよく、念のため、お札に乗れなかった方がおられることもありますので、追加で1~2枚を書けばよいことなどです。この世の人間には、お札のことはほとんど知られておりませんが、あの世の方々はどなたもよく知っておられて、一日千秋の思いで、お札に乗れる日が来ることを待っておられます。