宗教施設90%
神社を建てる目的は、当然そこに神さまに住んで頂く、もしくは、常駐でなくても、必要な時に来て頂くためであり、仏閣も観音さまなどが常駐していたり、人間との心の交流の場として建てられている。もちろん宗教行事、儀式の場所として、そこに神、観音がいなくても、人間にとっては必要な施設ではあった。しかし、人類全体で言えば、5000年の子供の時代が終わって、神、観音の方々にとっての導き、守る役目が終わったので、願い事、頼み事に来る人間のためにそこにいることは、神々にとってもルール違反という事になる。したがって、一神教のヤハヴェ神も、天なる父神も、アラーの神も、すでに休まれている。人間が勝手に、いると思っているだけなのだ。この休まれた神々に言わせれば、いつまで親(神)に頼っているんだ、しがみついているんだ、いい加減、自立しなさい、大人になって自分の頭で考えて歩きなさい、という事である。
自分の頭で考えるという事は、神の教えではなく、物事を科学的に思考しなさいという事である。そのためにも、宗教施設があれば、かえって自立の邪魔になるのである。要するに、たまたま運悪く、神社、教会、モスクが地震で消えてしまったという事ではなく、すべての宗教施設が消えることで、それを予告していたワイオ理論を信じることができるのであって、そうでなければワイオ理論をしっかり学ぶ気にはなれないであろう。
この地上でもっとも進化したであろう人類の現実を冷静に判断した時に、神々に導かれて守護されていながら、なぜこれほどに悩み、苦しみが多いのかと疑問に思う方が自然であろう。熱心な信者は、皆、精神的、肉体的、対人的、経済的に満たされ幸福であれば、神を信じることに納得できるが、現実はそうではない。つまり、神、宗教に疑問を持つことから、本当の自立、大人への道が始まると言えるのではないだろうか。神が、悪魔が、いかなる目的を持って存在し、本当はどんな役目を持っているのか。神と悪魔が常に対の働きで、相談し合って役目を果たしていることは、ワイオ理論を学ばないと理解できないであろう。神(光)、悪魔(闇)の方々も、そのすべての働き、役割は、宇宙のルールに基づいての働きであり、どちらが良い悪いではなく、必要な働きとして存在している。人と人の関係において、国と国の関係において、どちらが今は神の役か、悪の役かという事であって、この全宇宙を貫く法則とルールを知れば、1000年も怨むことなくすべてを水に流すことができるのである。人類が神という親から離れるには、どうしても宗教施設の方々に休んで頂かなくてはならないのである。そのために、強力な巨大な天変地異のエネルギーの力が必要なので、地球の属する第5宇宙の元からの力も、この度は大きく働くことになっている。宗教施設の方々は、これから自分たちが休んでいく事を、皆さんが知っていて、冷静にその時を待っておられる。知らないのは人間だけなのだ。
お墓(90%)
墓はなぜ必要なのか?墓はあの世に住む方々の家なのか?今、幸福に暮らしていられるのは先祖のお陰だから、感謝を込めて、立派なお墓(家)を建てよう、なのか?「千の風になって」で歌っているように、故人となった方々、あの世に旅立たれた方々は、墓にはいない。ただ、彼岸とお盆の時だけは、墓に子孫が迎えに来るので、そこに待っているだけの事である。子孫が先祖供養を忘れないようにするために、目印としての場所ということになると、大金を払って建てる必要はない。
新しい時代は、今までのようにお墓を建てての先祖供養は、一切、必要ないと教えるために、ほとんど全ての墓は地震で地中に消えていく。今、すべての先祖が切望しているのが、ワイオのお札の供養である。科学的に供養を考えると、地獄の領域に行った先祖が極楽に行く供養であることは議論の余地はないのだ。ちなみに、あの世は36カ所の地獄の領域、45カ所の極楽の領域があり、およそ70%の方々が地獄の領域に住んでおられる。